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三界稔先生の思い出

 三界稔(みかいみのる)先生は、昭和33、34年頃に、愛人兼、おかかえ歌手の東郷まつ子さんを連れて、よく大島郡の各地を巡業していました。島口で話す気さくな方で、資金が底をつくと、私の店にもよく遊びがてら無心にいらっしゃいました。

「指宿君、今日は2万円ほど用立ててくれないか。」
【島育ち】【大島小唄】【奄美小唄】【月の白浜】【はたおり娘】などの、たくさんの名曲を作られた方ですが、当時の音楽家としての生活はそれほど楽ではなかったようでした。

 ある時、話がはずんだその勢いで三界作品が大好きだった私は、ダメで元々だと思い切ってこう言いました。
「三界先生、先生の曲を私に譲ってはいただけませんか。」
先生はニコニコして
「君が好きなものを何でもあげるよ、契約書に曲名を書きなさい。島育ちはどうかね?」
私は、戦前から島育ちをイヤというほど聴いていましたから、とっさに
「いや、それ以外の曲をみんな私に譲って下さい!」
と言ってしまいました。三界先生は、意外そうな顔をなさいましたが
「君の好きなようにしなさい。」
 こうして、この時に三界稔メロディのほとんどすべてを頂いたのでした。その後、これらの曲を昭和35年に録音しましたが、それは後述します。

続きは下記書籍「大人青年」よりどうぞ
大人青年